存在することのシンプルな感覚

 

玄徳|Mystical Virtue

生み出すが所有しない
行動するがその成果を自分のものとしない
成長させるが支配しない
これを玄徳という

Producing without possessing,
Acting without taking credit,
Growing without controlling,
This is called mystical virtue.

老子道徳経第51章

 

 一般的に使われる「徳」とは、道徳観の様子や社会的振る舞いを言い、人間関係に寄ったり相対的なもの。それは、誰かが誰かに親切にした時、親切にされた人は親切を返すべきである、というようなものでしょう。

 しかし、老子の考える「徳」では、人は、親切を見せつけることをせず、また、見返りを期待せず、自然に、すべてのものに、親切にする。この性質を強調するため、普通の「徳」と区別するために、ここで老子は、「玄徳」と言っている。

 これは私の在り方の基本であり、タオイスト加島祥造の詩はそれを分かりやすく説く。

 

道(タオ)と徳(テー)

「道」っていうのは
萬物を生みだす
根源の玄の働きのことだ

この生みだされた萬物をそれぞれ
その内側から動かす力
──それを私は
「徳」と呼ぶ

道が生んだものを
徳が養うわけだ

養い育てて
形をつくり
存在する場をあたえる

だから萬物はみんな
道を尊び
徳を大切にするべきなんだ

萬物が
道や徳を尊敬すべきなのは
それが
無理に圧しつけられたものじゃないからだ

自然に生まれて
その本来の力を
植えつけられたからだ

道と徳は
法律や社会道徳じゃなくて
ものの内にある力なんだよ

だから道とは
すべてを生みだし
養い、育てて
成熟させ、そして
その果実が地におちたら
埋めてやる

生みだしたからって
自分のものにしないし
大変な働きをしたからって
威張らない

成功して
人びとの頭に立ったからって
支配して操ったりしない

だから私は
こういう道の働きを
玄徳、神秘のパワー
と言うのだ

(加島祥造 (2006)『タオ──老子』, 筑摩書房)

 

 

生み出すが所有しない
行動するがその成果を自分のものとしない
成長させるが支配しない
これを玄徳という

自然発生的座右の銘

自然体でやりたいことをやる
それを自慢したり評価を期待したりしない
つまりやったことにいちいち言及しない
見せびらかさない
ただ存在している
寡黙であり
なにひとつ
求めない

波のおと
鳥のさえずり
風のおと
太陽のまぶしさ
木々草花の香り
そういうものと生きる
余計な雑念が
マインドに存在しない
いえ、浮かんでもすぐに消え去る

社会が認める
成功、幸福、物質的価値
誰かの妻または夫
そういう所有欲が
一切ない

すると
社会的ミスフィット
社会的不適合者
異端・・
このように解釈する人もいるでしょう
ですが
そういう言葉すら
気にならないのです

ただ、今ここ
それを感じる
その瞬間を生きる
存在することのシンプルな感覚

 

あなたは生きている
あなたはあなたの存在を
(社会的ミスフィットに対して)
正当化する必要はない
あなたはあなた自身の物語の中で
最大のミステリアス

真実がすでに
あなたの中にあることを発見したとき
あなたはすぐに元の自分に還る

You are alive, and
you don’t need to justify your existence.
You are the biggest mystery in your own story.

When you discover that the truth is already in you,
You will soon return to your original self.

 

あなたを本当に自由にし
幸せにするのは
無理をしなくても長く続けられる
小さな「本音」の行動

自由とは
目的地ではなく
心の状態です

Freedom isn’t a destination;
it’s a state of mind.

 

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