川の中の杭(くい)

品を保つということは
一人で人生を戦うことになるのだろう。

それは別に
お高く止まる態度を取るということではない。
自分を失わずに
誰とでも穏やかに心を開いて会話ができ
相手と同感するところと
拒否すべき点とを明確に見極め
その中にあって決して流されないことである。

この姿勢を保つには
その人自身が
川の流れの中に立つ杭(くい)のようでばければならない。
この比喩は決してすてきな光景ではないのだが
私は川の流れの中の杭という存在に
深い尊敬を持っているのである。

  

  

世の中の災害、不運、病気、経済的変化、戦争、内乱、
すべてがボロ切れかゴミのようになって
この杭にひっかかるのだが
それでも杭はそれらを引き受け
朽ちていなければ倒れることなく
端然(たんぜん)と川の中に立ち続ける。

これがほんとうの自由というものの姿なのだと思う。
この自立の精神がない人は
つまり自由人ではない。

*

品というものは
多分に勉強によって身につく。
本を読み、謙虚に他人の言動から学び
感謝を忘れず、利己的にならないことだ。

受けるだけでなく
与えることは光栄だと考えていると
それだけでその人には
気品が感じられるようになるものである。

健康を志向し、美容に心がける。
たいていの人が、その二点については比較的熱心にやっている。
しかし教養をつけ、心を鍛える、という
内面の管理についてはあまり熱心ではない。
どうしてなのだろう、と私は不思議に思っている。

(曽野綾子,『人間にとって成熟とは何か』)

     

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