立ち上がれ目覚めよ|Arise Awake ①

 

師・スワミ・ヴィヴェーカーナンダの言葉 ①

力と信仰

立ち上がれ!
目覚めよ!
ゴールに達するまで立ち止まるな!

 アメーバの状態から人間に到るまでの自分自身の歴史を振り返ってみよ。誰がこれだけのことをしたのか?君自身の意志がしたのだ。それなら、どうして君の意志が万能であることを否定できよう?君たちをそれほどの高みまで昇らせることのできたものは、君たちを更にもっと高いところまで行かせることができるのだ。君に必要なのは、その意志をいっそう強固なものにする性格である。

 ある人と別の人との間に天と地の開きがあるのは、その人が自分自身を信じているか、信じていないかによる、と見ることができる。自分自身を信じている人は、何でもする。私は自分の人生においてそのことを経験してきたし、現在もそうし続けている。年をとるにつれ、その信念はますます強くなっている。

 おんみ、地上の神々──罪びとたちよ!人を罪びとと呼ぶことが罪なのだ。それは人間性への変わることのない名誉棄損である。さあ来たまえ、おお、ライオンたち、そして自分は羊だという迷妄を振り落としたまえ。おんみたちは恵まれた、永遠の、不死の魂であり自由な霊である。おんみたちは物質ではない、おんみたちは肉体ではない。物質はおんみの召使なのである。おんみが物質の召使なのではない。

 それぞれの国に、ただ 1 ダースのライオンの魂をあらしめよ。かれ自身の束縛を断ち切ったライオン、無限者にさわった、その全霊がブラフマンに行ったライオン、富にも力にも名声にも目をくれぬライオンである。これだけで、全世界をゆさぶるに十分であろう。

 たとえ君たちが 3 億 3000 万の神話の神々を信仰し、また外国人が君たちの中につれてきたすべての神々を信じたとしても、それでもなお、君たち自身への信仰を持たぬなら、君たちにとって救いはない。君たち自身を信じ、その信仰の上に立ちあがれ。

 まず自分を、それから神を信じよ。

 もし君が 5 つの知識を自分のものとし、自分の人生と人格形成に活かすことができれば、図書館にあるすべての本を暗記した人よりも教養があると言える。

 宇宙の一切の力は本来われわれのもの。われわれは目を自分の手でふさいで暗いといって泣いている。自分のまわりに闇など存在しないことを知れ。両手を開けば、そこは元からある光に満ちている。闇は存在せず、弱さも存在しない。弱いといって泣くのは愚か者だ。清らかになれないといって泣くのは愚か者だ。

 強さは生、弱さは死、これはおおいなる事実だ。力強さは幸福であり、永遠の生であり、不滅である。弱さは不断の緊張と不幸をもたらす死だ。

 自分を信じない者は無神論者だ。古い宗教は神を信じない者を無神論者とよぶ。新しい宗教は自分を信じない者を無神論者という。

 失敗を気にするな。それは自然なことだ。失敗──それは人生の美だ。失敗のない人生などありえない。もがき苦しむことがなければ人生に意味はない。詩もなくなってしまうだろう。苦しみや間違いを気に病むな。私は牛が嘘をつくのを聞いた事がない。牛はただの牛であって、人間ではないのだ。だからこれらの失敗や小さな後退を気にするな。千回でも理想を掲げよ。そしてもし千回失敗したら、さらにもう一度チャレンジせよ。

 弱さの治療薬とは、弱さについて考えることではなく、強さについて考えることだ。人には強さについて教えよ。それは既にわれわれの中にあるのだ。

 信じること、信じること、自分自身を信じること、神を信じること──これが偉大さの秘訣だ。──自分自身を信じ、自分自身への信仰に立脚して、強くあれ。

 世界の歴史は、彼ら自らを信じたごく僅かな人びとの歴史である。その信仰が、内なる神を呼び出すのだ。君たちは何でもすることができる。無限の力を現す努力を十分にしないときにのみ、失敗するのだ。人または民族がかれ自身またはそれ自身への信仰を失うや否や、死がやって来る。まず自分を、それから神を信じよ。

 世界は数百人の勇敢な男性および女性を必要としている。人生の心理を知る勇気を持ち、死を前にして恐れおののくどころか、死を喜んで受け入れ、「自分の本質は魂であり、全宇宙であり、何者も自分を殺すことはできない」ということを人に自覚させる、そのような大胆さを常に発揮せよ。

 成功するためには、非常な忍耐力と強大な意志を持たなければならない。「私は大海を飲み干す」「私の意志をもってすれば、山も粉々に崩れ去る」と不屈の魂は言う。そのような強い意志を持ち、懸命に働くのだ。そうすれば、目標に到達するだろう。

 善であること、善をなすことがあらゆる信仰の要である。

 汝らは神の子。永遠の至福の自己であり、神聖で完全な存在だ。地上の神である君たちが──罪びとだって?人をそう呼ぶことこそ罪であり、人間の本性への侮辱だ。来たれ獅子たちよ、そして自分が羊であるという妄想を振り払え。君たちは不滅の魂であり、自由な精神であり、祝福された永遠の存在なのだ。

 年を取るにつれて、私は自分がいっそう、小さいもの事の中に偉大さを探し求めるようになっていることに気づく。誰でもが、偉大な地位に立てば偉大である。臆病者でも、脚光を浴びていれば勇敢になる。世間が見ているのだから!しだいに強く、私には、真の偉大さは、あの、その時々に黙って着実にわが務めを行いつつあるイモ虫の偉大さである、と思うのだ。

 勇敢で、力強くあれ。山のような障害を克服する意志を持て。君が欲する力と救済は、君の内にある。力は生命であり、弱さは死だ。自分を身体的に、精神的に、霊的に弱めるものは、毒のように吐き出しなさい。

 

愛とお世話

 もし、世界の役に立ちたいと思うなら、それを非難するのはやめよ。これ以上世界を弱くするな。何が罪で、何が不幸か。罪も不幸もまさに弱さから生じたのではないか?世界はそのような教えによって毎日ますます弱められている。

 もし君が君自身の救済を求めるなら、君は地獄に行くだろう。君が求めなければならないのは他者の救済だ。そして、もし君が他者のために働いて地獄に行かなければならないとしても、それは自分の救済をねがって天国に行くよりも価値がある。

 わが国にたとえ 1 匹の犬でも食べものがなくている間は、私の宗教はそれに食べさせることだ。

 愛する者は生き、利己的な者は死ぬ。だから愛のために愛しなさい。それが人生の唯一の法則なのだ。君たちが生きるために呼吸するのと同じように。これが無私の愛、無私の行為、その他の無私の付く言葉を実践する秘訣である。

 愛に失敗はないのだよ、君。今日であろうと、明日であろうと、何十年後であろうと、真実は征服する!愛は必ず勝つ。君は仲間を愛しているか?

 愛の絶大な力を信じなさい──君には愛があるか?愛があれば君は万能だ。君は完全に無私無欲か?もしそうなら、君には抵抗できない。それはどこでも損をしない性格である。

 自己主張ではなく、自己犠牲が最高宇宙の法則である。祝福を数えて、問題を数えるな。愛する祖国の恵まれない兄弟姉妹のために、いかに役立てるかをつねに考えよ。

 純粋であり他者に善をなすこと、それがあらゆる礼拝の要点だ。貧しい者、弱い者、病気の人びとのなかにシヴァ神を見るものが真のシヴァ神の礼拝者だ。人がもし神像のなかにしかシヴァ神を見ないなら、彼の礼拝はまだ準備段階に過ぎない。

 世界中の宗教は精彩を欠いたまがいものになっている。世界が求めているのは個性的な人間だ。その人の人生は燃え上がる愛そのもので、私心のかけらもないような人びとを必要としている。その愛は、その人の口から発せられる一語一語を落雷のように響かせる。

 他者のために生きる者だけが、本当に生きている。その他の者は生きながらにして死んでいるのだ。他者のためになされたごくわずかな仕事でさえ、獅子の力強さを心に教え込むだろう。

 

Swami Vivekananda

 

 師・スワミ・ヴィヴェーカーナンダは、ラーマクリシュナの一番弟子でした。彼は、師であるクリシュナの死後、その意志を継いでアメリカへ渡り、シカゴでの第一回世界宗教会議において「宗教の調和」を説いた演説により、世界に認められました。以来、西洋とインドでヴェーダーンタ哲学と普遍主義についての講演を行い、大勢の人を啓蒙しました。マハトマ・ガンジーをはじめとする同時代の多くの偉人がスワミ・ヴィヴェーカーナンダの影響を受けました。そしてこの私も、まさに彼の思想を受け継ぎヨーガを遂行しています。本来ヨーガで最も尊重すべきなのはバクティであります。バクティなくしてヨーガは語れません。

 世界のすべての僧侶の間で、スワミ・ヴィヴェーカーナンダは史上最も影響力のある僧侶の一人でした。彼が私たちに与えてくれた素晴らしい贈り物の一つは、彼が私たちを信じていたことです。彼は間違いなく、誠実さ、忍耐、達成、そして愛のインスピレーションの最大の源です。ヴィヴェーカーナンダは、すべての男性と女性に人類と兄弟愛の言葉を広め、精神的な高揚を通じて世界的な誠実さを求めました。インドでの全国青年の日は、毎年1月12日にスワミ・ヴィヴェーカーナンダの誕生日に祝われます。

 

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